『この価格で売れるようにしてよ』
『安かろう悪かろうでは困るよ。』
『冗談じゃねぇ』
と、何度思ったことか。
安くて美味い物を作り上げるには限界がある。
美味い豆腐を真っ当に作ろうとしたら、限界値なんてすぐに見えてくる。
原料大豆を吟味し、にがり以外の添加物は使用せず、いい水を使って作れば、50円や60円でなんか売れるわけがない。
限界を超えた安い豆腐は、こだわりも無くひたすら安い原材料をかき集め、水みたいな豆乳を絞り、素人でも簡単に豆腐を作れる凝固剤と家畜の餌の如く豆腐を作り出す自動化ラインでアルバイトの大学生3人が3交代で作り続ければ簡単に出来る。
表向きどんな綺麗事と能書きを垂れても本質は『安かろう悪かろう』なのだ。
だいたい豆腐の高い安いの基準はいつどこで決まったんだ?
何を基準に『この豆腐は高い』と言われるんだろう。
大豆を本気で作ってる農家のおやじさん達の姿を1度でも見て話を聞いて欲しい。
朝暗いうちから冷たい井戸水と熱い蒸気を相手に、経験と感覚をフルに投入して毎日変わらぬ豆腐を作るってことはどういうことか職人の仕事を見て欲しい。
限界を超えて豆腐を安くするということは、豆腐屋が儲からなくなるばかりか、本来美味い豆腐作りの大部分を担っている人間にしわ寄せするということだ。
簡単に『高い』などと言って欲しくない。
これからの豆腐は
安かろう悪かろうで良い。
そうでなければ本当の豆腐作りは、大量生産大量販売に埋もれて死に絶えるだろう。
美味い豆腐はそれを指示してくださるお客様の為に味を変えずに作り続ける。
時にそれは『美味かろう高かろう』なのだ。
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